第三十ニ話「墓地での攻防 2」


 サーザイトは、過去に二度エンジェレットと交戦した。

 結果は一勝一分け。

 しかし引き分けた時は、イリスが勝負を中断させただけ。

 あれは負けたと言っても過言ではない。

 本来の力を取り戻してから戦ったときには、辛くも勝利している。

 エンジェレットの経験不足を上手くついたサーザイトの作戦勝ち、と言ってしまえばそれまでだが、



(……こいつは厄介な相手だ)



 そのエンジェレットの動きをトレースするという少年を前にして、サーザイトは考える。

 彼がエンジェレットと同等に戦えることは、先ほど刃を交えたときにわかっている。

 それならば、速さは最低でも互角。

 あえて言えば、若干サーザイトの方に分があるか。

 しかし、相手は半分とはいえアンデッドだ。

 肉体的なダメージが皆無に等しいことは証明済み。

 更に、長期戦に持ち込んで相手の疲労を待つ戦法は、少年には通用しない。

 動きをトレースするだけなら魔法は使ってこないかもしれないが、

 元々エンジェレットは、あくまで魔法は補助として使っていたのみで、接近戦主体で戦う剣士。

 やっていられないな、とサーザイトは剣の柄を握り直す。

 一切疲労しないエンジェレットと戦うなんて悪夢もいいところだ。

 生身の自分と、半アンデッドの彼。

 戦闘時間が長引くほど不利になるのは目に見えている。

 息を大きく吐き、吸い、止め。

 相手に向かって、ジグザグに跳んで的を散らしながら走る。

 剣を振る、と見せかけて手首を切り返し、その軌道を変える。

 ギンッ、と刃と刃がぶつかり合う。

 読まれていた。

 力で押さえ込もうとしたが、びくともしない。



『ねエ、そろそろ諦めてくれないかナ』



 体ごと突き飛ばされる。

 完全に倒れる前に自分から後ろへ飛び、受身を取った。



『あなたに危害を加えるつもりはなイ。あなたをこの先に行かせるわけにもいかなイ。

かと言っテ、あなたは僕を倒せなイ。こんな戦イ、不毛だヨ』

「……いや、どうかな。おいお前、自分の左頬を見てみろ」

『左……?』



 少年は言われるまま、右手で左頬に触れた。

 その白い手に赤いものがついたことにすぐ気付く。

 恐らく、サーザイトの『空裂』の余波が頬を僅かにかすめていたのだろう。



『……これがどうかしたノ?』

「血が流れたってことは、そっちの生身の方にはダメージがあるってことじゃないのか?」

『うン。そうだヨ。だから最初かラ、アンデッドとしてもなりそこないだって言ったじゃないカ』

「いいのか、そんなことを言って。それはお前の弱点だろう」

『構わないヨ。僕の目的はあなたに勝つことじゃなくテ、誰もこの先へ行かせないことだからネ。

それに生身の箇所を狙ってくるってわかった方が攻撃は受けやすくなる。こうしテ』



 少年は右半身を前に出して、右腕を真横に添える。



『こっち側で生身の部分を守ればいいだけの話だヨ』



 相手に勝つ気はまるでなく、ただ守るだけ。

 そういう相手を打ち倒すのは難しい。

 しかも彼は疲労もせず、半身はダメージを受けることすらない。



「なるほどな。確かに、俺にはお前は倒せなさそうだ。その上、そうやって守りに入られたら手も足も出ない」

『そうでショ? だったラ』

「勘違いするな。忘れてないか? 俺の目的はお前を倒すことなんかじゃないぞ」



 サーザイトは剣を高く振り上げた。

 そして振り下ろす瞬間、歩幅一歩分右に動く。

 つまり、わざと少年から狙いを外した。

 そのまま直線的に放たれる『空裂』。

 これでは、自分は動かなくても当たらないじゃないカ――、

 そう思った直後、しかし少年は『空裂』の前に自ら飛び出していた。

 サーザイトの意図に気付いたわけではない。

 自分が守るべきものが後ろにいることを思い出したのだ。

 咄嗟のことだったので、防御運動は完全ではない。

 生身の体にもダメージを受け、鮮血が舞った。

 膝をつき、少年は苦悶の表情でサーザイトを睨む。



『ナ、なんてことしてくれるんダ』

「俺の目的はアンデッド大量発生の原因を調べ、可能ならそれを排除することだ。

お前の後ろにその友人とやらはいるんだろう? なら、俺は無理にお前の相手はしないことにした。

お前はそこで俺の進行を阻んでいるといい。俺は、」



 再びサーザイトは剣を振り上げ、



「ここからでも、お前の友人とやらを攻撃させてもらう」

『ヤ、やメ』



 振り下ろす。

 少年の制止の声に耳も貸さない。

 放たれた『空裂』は、またも少年によって阻まれた。

 少年の空ろな目の奥に光が灯る。



『やめろっテ、言ってるだロオォォォ!』



 受け一辺倒だった少年が、初めて前へ出た。

 ようやくサーザイトのことを敵と認識したのか。

 敵意を剥き出しにして突っ込んでくる少年を、サーザイトは無防備なまま迎え撃つ。

 突き出された剣をぎりぎりまで引きつけてから、その左腕を剣の峰で打ちつけた。

 鈍い感触が手のひらに伝わってくる。

 少年は距離を取ろうとしたが、痛みに硬直した体はほんの一瞬反応してくれなかった。

 その隙――見逃さない。

 一閃された剣が少年の生身の顔を真横に切り裂いた。



『ア、ウア、アアア! 痛イ痛イイタイイタイイタイ……イタイヨ、ウウ、ウウウウアア!』



 左眼を押さえながら泣き喚きうずくまる少年。

 その小さい体をサーザイトは見下ろす。

 冷めた視線は、次第に哀れみの色を持った。

 少年にもう戦う意思を感じられなかったからだ。



「お前のトレースは完璧だったぞ。だけどな、やっぱりお前はエンジェレットじゃなかったよ。

あいつだったら、きっと最後まで冷静に戦い抜いた。お前みたいに簡単に感情に流されたりはしなかったさ」



 労わるように言い残し、サーザイトは先へと進もうとする。

 彼は、自分には戦う力はないと言っていた。

 多分生前は、戦いとは無縁の平和な生活を送っていたのだろう。

 だが、少年は体を震わせながらも、懸命に立ち上がろうとしていた。



『マ、待ッ、テ……ここハ、通さナ、イ』



 その声に、振り返る。

 少年は、弱弱しくも立ち上がっていた。

 足は震え、少し押しただけでも倒れてしまいそうだ。

 だが、その目の光は消えていない。



『誰も通さなイ、それガ、約束だかラ』



 傷つき、怯えながらも少年はそう言い切った。

 サーザイトは切ない気分に襲われたが、唇を噛み切って、少年に向き直り、剣を構えた。

 相手にも貫かんとする信念があるのだ。

 時には、それを土足で踏みにじらねばならないこともある。

 それも、一つの冒険。

 ならば、辛くとも、切なくとも、踏み越えねばならない。

 触れた瞬間弾けそうなほど、場の空気が沸騰していた。

 一片の油断もしない。

 故に手加減もしない。

 気を引き締め、サーザイトが地面を蹴ろうとしたその時、



「サーザイト・ルーヴェイン、動くな」



 背後からそんな声が響いた。

 瞬間、全身が凍りつくような嫌な感じに覆われる。

 僅かな時間だが、動作だけではない、呼吸さえ止まった。

 動け、動け! と己を叱咤していると、ほんの少しずつ体が動くようになる。

 声のした方に目を向けるとそこには



「クスクスクス……『もう動いてもいいですの』クスクスクス……」



 笑い声は、目の前の少女から。

 言葉は背後の少年の口から漏れていた。

 漆黒のローブに身を包んだ青白い顔。

 その少女には見覚えがある。

 アンデッド、エンジェレット・エヴァーグリーン、という時点でなんとなく連想はしていたが、



「お前……」



 サーザイトは頭を掻いて、深く溜息をついた。



「どうしてこんなところにいる」

「クス……『あら、そんなのは私の勝手ですの』」



 ユユは怪しい笑顔を見せ、サーザイトの横を通り抜ける。

 少年の傍らにそっと座り込み、少年の顔に触れた。

 見る見るうちに少年の傷が塞がり、元通りの綺麗な顔が現れる。



「ユークリッド、大丈夫ですの?」

『ユユ……ごめんネ、約束、守れなかっタ』

「あなたは十分に私の言いつけを守ってくれましたの。気にしないで、ゆっくり休むといいですの」

『……うン。ありがとウ。そうさせてもらうネ』



 ユークリッドと呼ばれた少年の首から上が体から分離する。

 体はそのまま土に還り、首は宙に浮いたまま、何の変哲もない髑髏へと姿を変えた。

 ユユはそれを愛しそうにぎゅっと抱きしめてから、どこからか杖を取り出し、その先端にその髑髏を取り付ける。

 あの少年は、あの髑髏だったのだ。

 どうりでサーザイトのことを知っているわけである。

 確かにサーザイトとは何度も会っているし、直接話すのは今回が初めてと言えた。



「クス……『先生、流石ですの。エンジェの動きを投影したユークリッドに勝つなんて、びっくりですの』」

「いや、たまたまだ。彼……ユークリッドも強かったよ。彼が戦い慣れてたら、俺が負けてただろうな」



 その感想は正直なところだった。

 半身はダメージ無し、一切の疲労をせず、エンジェレットと同じ動きが出来る……

 これでユークリッドにエンジェレットの思考まで投影されていたら、サーザイトに勝ち目は全く無かった。



「『それで、先生はどうしてこんなところへいらっしゃいましたの?』」

「アンデッドが大量発生している原因を突き止めにきた」

「クス……『あら。それじゃ私のために来てくださったんですの。女冥利に尽きますの』」

「言葉を間違えてるぞ……お前のために来たんじゃなくて、お前のせいで来ることになったんだ」



 ユユは反省する素振りも見せず、薄ら笑いを崩さない。

 こいつには何を言っても無駄だろう、とサーザイトは責めるような口調をやめる。



「で、お前は何をやってたんだ?」

「『ここの居心地が良かったから、休憩ついでに瞑想をしてましたの。慣れない長旅は疲れましたの』」

「……一応聞くが、何日くらいだ」

「クス……『ざっと十日くらいですの』」



 この少女には常識は通用しないらしい。

 やれやれとサーザイトは溜息をつく。

 ユユは口元からこぼれた吐血をだらしなくローブの裾で拭うと、

 サーザイトの一歩前へ出て、



「クス……『では参りましょう、先生』」

「ん? あ、ああ。ユユ、アンデッドの方は……」

「『私の方から、もう還るように言っておきますの。皆いい子ですから、無闇に人を襲ったりしませんの』」

「そうか。ならいい」



 すぐサーザイトの思考は別の事項へ移る。

 なんとなく一緒に行く流れになってしまったが、それは別にいい。

 そんなことより問題なのは、アンデッド大量発生の原因をどう報告するかだ。

 まさかユユを突き出すわけにもいかないし、第一ユユが犯人だと言っても、

 ユユの実力を知らない者が到底信じられるはずもない。

 頭を掻きながら、今回の任務をどう報告すべきか考えて、



「……はあ」



 正直に言う以外の選択肢が思いつかず、サーザイトは戦闘の疲れも手伝って、一層深い溜息をついた。