隆也がエロゲタワーの残骸を片付けている間に、ラウラは興味ありげにしげしげと部屋を眺めていた。
サンタ姿ではなく、味気も素っ気もないグレーのトレーナーとトレパンに着替えている。
北欧出身とはいえ、さすがにミニスカートでは寒いだろうと隆也が気を利かせたのだった。
やはりラウラは着替えてからも、やれセンスがないだのやれ安物を買ってやがるだのと文句ばかり言っていた。
文句があるなら素直に着てるんじゃねえと思ったが、かといって女の子に寒々しい格好をさせておいて平気でいられるほど隆也は冷たい人間ではなかった。
ただでさえ隆也の部屋には暖房器具が無いのだから、うっかり防寒を怠ると、次の日には風邪を引くであろうことは目に見えている。
実際、隆也は身をもってそれを知っていたので、ラウラにはしっかりと厚着をさせていた。
「そういえばですよタカヤ」
「んー?」
「さっき、私は何もしねえですって言いましたけど、それは正確じゃない言い方なんです」
「って言うと?」
「タカヤには、私に何でも一つだけ『命令』できる権利がありやがるですよ」
「命令? 俺が? お前に? 何でも?」
そのフレーズから、どうしてもいやらしい想像が払拭し切れなかったため、隆也はラウラの顔を見ないようにしながら言った。
「なんでもって言っても、私が出来る範囲での話ですけどね。その代わり、『命令』されたことが終わったら、私は帰らなくちゃいけないことになってるです。そういうことになってやがりますから」
「そうなのか……」
「まあ、お前みたいな奴の言うことを何でも聞いてもらえる機会なんて、多分これっきりですよ。神経が焼き切れるまで考え抜いてから命令しやがるといいです」
「……ん、わかった。そうするよ」
隆也は苦笑して言った。
ラウラの口調はやはり辛辣な毒舌だったのだが、そこに恥じらいを隠すような意図が感じられて、何だかおかしくなってしまったのだった。
言葉遣いがあまり子どもらしくなかったから、そんなことが妙におかしい。
と、そこでふと思った。
こいつ、そういえば何歳なんだろう。
「なあ、ラウラ。お前、そういえば今いくつなんだ?」
「いくつ? ……ああ、141ですよ?」
ガラガラガラガラッ
片付き終わりそうだったエロゲタワーが、再び音を立てて崩壊した。
その中から、膝から崩れ落ちていた隆也が、全身の力を振り絞って起き上がる。
「さ、サンタクロースってのは、そんなに長寿な種族なのか?」
「はい? あ、もしかして、いくつっていうのは年齢のことを聞いてやがりましたか?」
「そうだけど。……141って、何のことだったんだ?」
「身長ですよ。年齢だったら、ちょうど今日で14歳になります」
「14歳……」
口の中でもてあそぶように、呟いてみる。
なにか、それは危険な香りを含んだ言葉に思えた。
(ってことは、俺が高校に入学した頃に、ラウラは小学校四年生かあ……)
ヤバ過ぎた。
思わず ぽんっ と頭の中の『萌えるゴミ』が放り込まれていた引出しからいやらしい夢が顔を覗かせて、隆也はとても元気になってしまった。
心臓がどっどっと早鐘を打ち始める。
(……ええい、この程度のことで何をうろたえているんだティーンエイジも過ぎ去った野郎が!!)
そんなことを思いながらも、ラウラの顔を直視できず、隆也はエロゲタワーの残骸の一つを手に取った。
また綺麗に積んでいこうとして、思わずそのパッケージに目が留まってしまった。
まだ年端のいかない(ようにしか見えない)女の子(設定上は18歳)が、頬を紅潮させたまま※×××をくわえているCGイラストがあった。
※体温計
その女の子の顔に、ぼんやりとラウラの面影が脳内で重なり始めて、
ボンッッ
20歳男は、熱暴走を起こしてその場に倒れ込みそうになった。
辛うじて残りHP10で踏みとどまった隆也だったが、未だに脳内では警告アラームが「DANGER!DANGER!」とけたたましい音を立てている。
いや待て、こういう時こそ落ち着くんだ。
緊急事態にこそ、必要なのは冷静な思考と適切な判断、ここはひとまず深呼吸をして新鮮な空気をたくさん吸ってから、
「タカヤは巨乳が好きなんですか?」
後ろから唐突な質問が来て、ぼほはっ!? とむせ返って、残りHP1まで体力を消耗した隆也は、動悸を抑えながら振り返った。
興味津々といった表情でラウラが見入っていたのは、あろうことか、電源がついたままだった隆也のパソコン。
隆也は、今度こそ悲鳴をあげそうになった。
クリスマスは一人で過ごすつもりだったので、巡回を始める直前だったのだ。
不幸中の幸いか、まだネットには接続していなかったため最悪の事態は免れたかに思えたが、はて今設定してある壁紙は何だったかと思い返してみて、やはり悲鳴をあげそうになった。
今、隆也が壁紙にしていたのは、友人から「今年のクリスマスはこれをやって鬱な気分を吹き飛ばそうぜ!」とメールに添え付けされていた、3日後に発売予定の年齢制限付きラブコメディADVのヒロインの壁紙だった。
友人によると、このヒロインが凄いらしいのだ。
このヒロインは、主人公の幼馴染で巨乳でポニーテールで献身的で毎朝しっかり起こしに来てくれてドジっ子で焼きもち焼きで将来の夢は主人公のお嫁さんでいじらしくて笑顔が可愛くて主人公とは前世からの因縁で結ばれている未来人であり超能力者とかいう無駄に多い設定があり、その無理矢理加減の思い切りが良過ぎて色々と話題になっているらしかった。
そんなことは隆也にはどうでもいいことだったのだが、添え付けされていた壁紙の色使いが物凄く秀逸で、綺麗なイラストだったので、つい勢いで壁紙に設定してしまっていたのだ。
「まあ、男の人が女性の胸に興味を持つのは、極々自然なことだと理解してはいますけど」
ジトっとした目をしたまま、
「まったく、あんな何が詰まってるともしれない脂肪の塊に一喜一憂する野郎共の気がしれねえですよ」
ラウラは隆也を一瞥してニヤリと笑った。
その目には、どこか嘲るような感情が一目で見て取れた。
ああ、絶対に誤解してる、絶対に誤解されてる。
隆也は必死に弁解しようとしたが、上手い説明が思いつかずに、あうあうと金魚のように口をパクパクさせるしか出来なかった。
(違うんだ、俺は、俺は、…………貧乳好きなんだー!!)
心の中でいくら叫んでみても、ラウラがそれを悟ってくれる様子は無い。
「別に私には関係ないですけど」といった風にツンと澄ましたまま、ラウラはカチ、カチとマウスをいじくり始める。
(ああああああ、あんまり触らないでくれ、変なフォルダを開けられたら、クリスマスが終わる前に俺が終わる!!)
特に、スタートメニューに存在する『最近使ったファイル』という箇所にカーソルを当てられたら、死亡フラグが成立する。
全力でエロゲタワーの再建を済ませると、隆也はカサカサと節足動物のように近づいてキーボードに手をかけ、終了プログラムを起動して電源を落とした。
カリカリカリ……とシステムダウン準備の音がして、キュウゥゥゥゥンと電源が安全に終了する。
はあと安堵の溜息をついていたら、何だかラウラの不満そうな視線が隆也に突き刺さっていた。
「もっと触らせやがれです」とでも言いたそうな表情をしていたが、それだけは断固拒否する。
人には、他人には絶対に見せたくない恥部が存在する。
今回(隆也)の場合、相手が可愛い年下の女の子だったら尚更だった。
無言のまま視線を見返していると、さすがにラウラにも思いが通じたのか、むすっとした表情をしてはいたが、ラウラは諦めてぺたりとその場に座り込んだ。
「え、ええと……」
あからさまに不機嫌オーラを放ち始めるラウラを前にして、沈黙を嫌った隆也が宙に視線を漂わせる。
「そ、そういえば、聖夜を一緒に過ごしてくれるって言ったけど、正確にはいつ帰っちゃうんだ?」
「24日の終わりと同時です。ですから、25日の0:00には、全てのサンタは本国へ帰ることになってます」
「そっか。それじゃ、今日は無理に起きてないで、明日に備えるのが吉ってことかな」
「そういうことですね。お前みたいな体力の無さそうなもやしっ子は尚更です」
反論できない自分が悔しかった。
大抵のネット依存者に当てはまるように、隆也もバリバリのノンアウトドア派なのだ。
休日には、バイトがある日以外は部屋に引き篭もってパソコンを開いているような奴なのだ。
隆也の場合は、単に先立つものが無いので、どこに出掛けられるわけでもないという理由もあるのだが。
それでも、日光に当たった瞬間に「目が焼ける!」とかいうような夜行性人間ではないだけマシだろう。
「それじゃ、寝ることにしようか。えっと、それじゃ布団を出すから……」
「待つです」
「え?」
「お前は、こともあろうにお風呂にも入らんで惰眠を貪りやがるつもりですか? 信じられんです、不潔です、汚らしいです、いやらしいです」
「……いやらしいのは全く関係ないだろ」
それでも否定はしない辺り、自分でもちょっと自覚症状があって、何だか悔しい。
「だから、とっとと風呂を溜めるです。このアパートにはちゃんと個々の部屋に風呂があることは事前に調査済みなのですよ」
「はいはい」と返しながら、ていうか、お前は自分が風呂に入りたいだけなんじゃねえのかよと心の中で毒づいてみる。
(はああ、この流れで行くと、『風呂はシャワーで勘弁な』なんて言ったら何て言われるかわかったもんじゃねえよな。浴槽に湯を張ると、水道代もガス代も高くつくってのに……)
とかなんとか思いながら、仕方なく風呂場に行き、ひとまずは浴槽の掃除から始めることにする。
水道代やらガス代の節約のために、しばらくシャワーしか使っていなかったためだ。
隆也としては、身体が温まれば上等なのだが、表面がざらついた浴槽に対してラウラがどんなに激怒するか、目に見えるようだった。
溜息をついて、隆也はスポンジでごしごしと浴槽をこすり始める。
数か月分の汚れはなかなか落ちず、腕の力だけではなく腰まで入れて、必死に磨き上げていった。
(ちくしょう、これだけやっても、あのサンタ娘はどうせ文句ばっかり垂れるんだろうな。俺だって、久し振りの風呂なのに)
背中越しに「お風呂はまだかですー」と悠長な言葉遣いで急かす声が飛んでくる。
思わず苛立ちに任せて声を上げそうになるのを堪えながら、「浴槽を洗ってるから、もう少し待っててくれ」と返した。
「わかったです」と、思いの他すんなり引き下がってくれたため、逆に隆也は拍子抜けしてしまう。
いやいや、別に彼女の毒舌が聞きたかったわけではないのだから、これでいいのだ。
浴槽の掃除をしながら、シャンプーやらリンスやらの残量も確認しておく。
「薬用」とどでかい文字で書かれた容器に半分ほど入っているのを確認した辺りで、隆也の頭に一つ、いけない考えがぽわんと浮かび上がってきた。
そして、何を思ったのか、「馬鹿げてる」と思いながらも、隆也は首を動かし、部屋で待っているであろうラウラに向けて、こう言っていた。
「なあ、ラウラ――――風呂、一緒に入らないか?」
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