第二十二話「卒業旅行二日目 2」



「なあ、そろそろやめにしないか、エンジェレット……」

「何、言って、ますの! まだまだ、ですわ!」



 そう言いながらも、エンジェレットの息は荒い。

 彼女の強がりを耳にしながら、サーザイトは頭を掻いて溜息をついた。



「旅行先でまで修練しなくてもいいだろうに……」



 そう、サーザイトはエンジェレットとの遠泳対決に負けたのである。

 あと一歩で勝てそうなところで、運悪く一際強い潮風が水面を押し上げ、サーザイトを呑み込んだ。

 僅かに彼が失速した隙に、エンジェレットは一気に岸まで泳ぎ切ってしまったのだ。

 勝負の後、勝利の喜びに浸っていたエンジェレットに「運も実力の内だな」と言ったら、

 エンジェレットは機嫌をかなり損ねてしまったようではあったが。

 流石にサーザイト・ルーヴェイン、この甲斐性無し男、女性の心の読めなさ加減には目を見張るものがある。

 実際には、サーザイトが負けた原因である潮風は、ユユにそそのかされてククルーが放った風魔法だったりしたのだが、

 勝負に集中していたサーザイトやエンジェレットがそれを知る由もない。

 そして勝者の権限としてエンジェレットがサーザイトに要求したのは、「夕食前に訓練に付き合うこと」だった。



「はっ、はぁっ、はぁっ」



 エンジェレットは、意図的に魔法を多用していた。

 サーザイトと戦うことで、自分のスタイルでは長期戦に不利ということを受けて、

 ひとまずエンジェレットは少しでも全力で戦える時間を長引かそうとしたのである。

 しかし、その修練はなかなか芳しいものにはなっていなかった。

 二時間ほど切り結んでいた二人だったが、やはり魔法を使っていたエンジェレットが膝をついた。

 サーザイトがふうとまた一つ溜息をつく。



「これ以上やったら身体を悪くするぞ。今日はこれで終わりでいいだろう?」

「……ええ」



 ぎりと歯を軋ませて、エンジェレットは言った。



「そう焦ることはない。お前はお前が思っている以上に強いんだからな」

「そうかしら」

「そうだとも」



 それは、サーザイトの本心だった。

 サーザイトと最後に戦ったとき、エンジェレットの最後の一撃は、

 本来の力をほぼ取り戻していたサーザイトの意識を一気に奪っていった。

 エンジェレットはどうやら覚えていないらしいが、あれほどの技はなかなかお目にかかれない。

 あれはもしかすると、エンジェレットの未だ眠ったままの潜在的な力が、

 エンジェレットの「負けたくない」という強い思いから、僅かに垣間見えたものではないか、とサーザイトは考えていた。

 エンジェレットは将来大陸にその名を知らぬ者の無いほどの戦士になるだろう。

 彼女のような有望な若者が、今からそんなに焦ることはない。

 あまりに強大な力は、人を歪ませることにもなりかねない。

 エンジェレットにそうなってほしくはなかった。

 ――かつての自分のようには、なってほしくはなかった。



「サーザイト」



 と、その声にはっとなって、サーザイトは顔を上げた。

 エンジェレットが怪訝そうな目で自分を見ていることに気付く。



「何ぼーっとしてますの? 迎えも来てしまいましたし、戻りますわよ?」

「迎え?」



 砂浜から堤防を見やると、空の黒と赤で霞む景色の中、小さな青がこちらに歩いてくるのが見えた。

 長いマントが潮風にぱたぱたとはためいている、その人はククルーだった。

 エンジェレットは柔らかい笑みを見せる。



「わかってますわ、そろそろ夕食ですわね」

「……」



 ククルーはゆっくりと頷く。

 ヴェノム洞穴で言い争っていた頃が嘘のように、二人はいつの間にやら親しくなり始めていた。

 サーザイトはそれを見て嬉しくなって、笑顔になった。



「ありがとうな、ククルー。わざわざ呼びに来てくれて」

「……」



 ククルーは何の反応も返さず、踵を返した。

 むう、とサーザイトは眉間に皺を寄せる。

 なぜか今日はククルーに避けられているような感じがする。

 彼女は寡黙で人見知りするが、サーザイトとは知らない仲というわけでもない。

 実際、彼女の過去を打ち明けられてからは、それなりに親しくしてくれていたような気もする。

 それなのに、今日は何度も無視されていて、サーザイトは頭を捻った。



「サーザイト、あなたククルーに何かしましたの?」

「わからん。……と、エンジェレット、よく気付いたな」



 他人のことは二の次だったはずのエンジェレットがククルーの様子に気付いたことに、サーザイトは素直に驚いた。

 フン、とエンジェレットは得意げに鼻を鳴らし、



「当然ですわ。普段から見ていればそのくらいは……」

「普段から?」

「え、あ……な、なんでもありませんわよ!」



 そう言って、エンジェレットはククルーの後を追って走っていってしまう。

 何だかよくわからないな、と思いながらサーザイトも歩いていった。

 歩きながら、サーザイトは思う。



(無駄に年齢を重ねているくせに、俺はどうもわかってやれないことが多いのだな)



 そう思える程度には、彼も馬鹿ではないのだった。











 サーザイトは昨日の教訓を生かし、今日は一滴たりとも酒を口にしないと心に決めていた。

 酔っている間の記憶が飛んだりはしないが、一度酔ってしまうとまったく正体がなくなってしまうのは問題である。

 夕食に出された酒も、それを理由に遠慮していたのだが……



「サーザイト? 何を辛気臭そうな顔をしてますの?」



 向かいに座っているエンジェレットが言った。

 サーザイトは目を合わせようとはせず、「ああ」だの「うん」だのと相槌ばかりしていた。

 それが気に食わなかったらしく、エンジェレットはサーザイトの隣に来てジトッと睨んできた。

 目が完全に据わっている。

 その迫力に、思わず身体を遠ざける。

 そう、彼女はサーザイトが飲むはずだった酒を代わりに飲み、酔っていたのだ。

 エンジェレットはにっこりと微笑んだかと思うと、サーザイトのグラスにたっぷりと酒を注ぐ。



「飲みなさい」

「……遠慮させてくれ」

「あら! 私の酌が受けられないんですの?」

「そういうわけではなくてだな」

「サーザイト……」



 首筋に指を這わされて、サーザイトの顔が青くなった。

 その指に、微かに力が篭もる。

 全身が恐怖に震えた。



「飲め」



 彼女はそうとしか言っていないのに「さもなくば殺す」とサーザイトには確かに聞こえた。



「……イタダキマス」



 うう、と情けなさで泣きそうになりながら、サーザイトはグラスに注がれた酒をちびちびとやり始めた。

 どうやらこの地方で取れる地酒らしく、昨日飲んだワインの何倍も強いアルコールの臭いが鼻をつく。

 サーザイトが飲み始めてエンジェレットは機嫌を戻したのか、楽しげに自分も飲み始めた。

 ああ誰かこの酔っ払いを止めてくれと思い視線を漂わせると、ぱっちりイリスと目が合った。

 彼女の力なら、酔っているエンジェレットを押さえ込むのは容易だろう。

 サーザイトは身振り手振りと目で、「エンジェレットを何とかしてくれ」とイリスに向かって意思を伝える。

 だが、イリスはどうもぽーっとしていて、視線が定まらない。

 様子がおかしいと思った瞬間、イリスはテーブルを飛び越えてサーザイトの胸に飛び込んできた。

 咄嗟のことだったのでサーザイトは抱き留めるしかない。

 イリスの体重はかなり軽かったが、その力が問題で、サーザイトは腹部をハンマーで殴られたかのような衝撃に悶絶する。

 何事かと思っていたら、腕の中でイリスがごろんと寝転がって、



「にゃぷ〜……だーいーすーきー♪」



 顔真っ赤。

 超酒臭い。



 ――おいおい、イリスまで酔っ払っちまってるのか。



 サーザイトは、今度はククルーに助けを求めようとした。

 ぱっちりと目が合い……ぷいっとそらされる。

 やはり明らかに避けられている。

 何か嫌われるようなことでもしただろうかとサーザイトは首をひねるが、何も思い当たらない。

 もしかしたら、昨日ククルーと一緒に酒を飲んだ時に何かしてしまったのだろうかと不安になる。

 いや、記憶の中では、ククルーに対して特に何かしたというのはないはずなのだが……

 何か肝腎なことを忘れているのだろうか?



「サーザイト、進みが遅いですわね。もっと景気良くいかないとぶち殺しますわよ。うふ、ふふふ。うふふふふふふ」



 背筋に悪寒が走った。

 やばい、あの目はやばい。

 戦士としての本能がそう告げてくる。

 サーザイトはひとまずグラスの中を一気に飲み干した。

 サーザイトの意識が正常の範囲を脱するのは、その一杯で十分だった。











「……ん?」



 ふとサーザイトは目を覚ました。

 薄暗い部屋の中、白い天井が見える。

 上体を起こすと、ズキンと頭が痛んだ。

 辺りを見回すと、隣にエンジェレットが寝息を立てていた。

 エンジェレットは胸にククルーを抱いており、ククルーは息苦しそうにうーんうーんと唸っている。

 しばらくして意識がはっきりしてくると、どうやらここは風の館だということに気付いた。

 恐らく、酒を飲んでから気分を良くした自分は、彼女達に付いてここに来てしまったのだろう。

 それにしても全く綺麗に記憶は飛んでいた。

 自分の飲んだ酒はかなり強かったらしい。

 ベッドから起き上がると、微かに足元がふらついた。

 やはり慣れない強い酒を飲んだせいか、頭がぐらぐらする。

 少し夜風にでも当たってこようかと思って部屋を出ようとすると、ソファでイリスが眠っているのを見つけた。

 だらしなく大口を開けて、ソファの背もたれに片足を引っ掛けたまま、気持ち良さそうに寝息を立てている。

 彼女は寝相が良くないようで、服が大きくめくれ上がってへそが見えてしまっていた。

 微かに膨らみかけているであろう胸を包む布地も見え隠れしている。

 イリスの両親が見たら泣き出してしまいそうなあられもない格好である。

 うわ、とサーザイトは思わずその場で固まり、次いで目を覆いたくなった。

 朝に見てしまったイリスの身体が一瞬脳裏に浮かぶ。



(落ち着け、落ち着くんだ。俺にそんな趣味はない。俺はサーザイト・ルーヴェイン。大きめが好きな男……)



 すう、はあ、すう、はあ、とサーザイトは不自然に高鳴る胸を押さえて深呼吸をした。

 出来るだけイリスを見ないようにしながら、イリスをベッドに運んでやる。

 巨大な剣を軽々と振るうツインテールの少女は驚くほど軽かった。

 ベッドにイリスを横たわらせ、サーザイトは一仕事成し遂げた男の顔になる。

 見ないように見ないようにと思うということは、それだけ相手のことを意識してしまっているということなのだが、

 そこまで思い至らなかった彼は、やっぱり自分はこの年代の少女に劣情を抱いていたわけではないな、とか思った。

 三人の寝顔をもう一度眺める。

 あどけない少女の顔でぐっすりと眠っている。

 なんだかサーザイトは和やかな気分になった。



「……夜風に当たってから部屋に戻るか。うん。そうだ。そうしよう」



 誰が見ているわけでもないのに気恥ずかしくなったサーザイトは、三人を起こさないように静かに部屋を出た。











 夜のシュメットの海は静かだった。

 昼間は観光客で賑わう海岸も、今は波の音が響くばかりである。

 アルコールの抜け切らない身体に、海から吹く冷たい風は心地好かった。

 海の上に丸い月がぽっかりと浮いている。

 サーザイトは海を眺めながら、何となく溜息をついた。

 人気の無い静かな場所に一人佇んでいると、なぜだか感傷的な気分になる。

 明日でこの卒業旅行も終わり、自分はクエスターズを辞める。

 つまり、あの四人の先生でもなくなる。

 自分の受け持っている四人も、それぞれの道を歩み始めるだろう。

 それが、恐らく自分は淋しく感じているのだろう、などとサーザイトはどこか他人事のように思っていた。

 他人事のように思うことで、淋しさを少しでも誤魔化そうとしていた。

 いつの間にか、彼女達のことを自分もそれなりに好きになっていたのだ。

 だから、短い間ではあったが、別れが近いことを思うと胸が痛い。

 しかし、この別れはあらかじめ決まっていたものである。

 そしてそれは彼女達の新たな門出でもあるのだ。

 淋しいことかもしれないが、サーザイトはそれを祝うべき立場であるし、もちろん彼はそれ自体は喜ばしく思っていた。

 ああそうか、とサーザイトは思う。

 生徒の成長を嬉しく思う反面、自分の手を少しずつ離れていくことがどこか淋しい。

 これが先生というものなのだろう、とサーザイトは初めて実感した。

 それも、もうあと少しで終わる。

 クエスターズを辞めてから、さて自分はどうしようかと考え始めたとき、ふと波が跳ねたのが見えた。

 目を凝らしてみると、誰かが海から出てくるところだった。

 昼間ならともかく、夜の風は冷たく、かなり冷え込むため好き好んで海に入る者など滅多にない。

 こんな時間に一体どんな奴が……と思って、真っ黒なローブに身を包んだその人の顔を見て、サーザイトは目を丸くした。

 ちょうどその人もサーザイトに気が付いたようで、フードを脱いで会釈をする。



「あら、サーザイト先生。こんばんはですの。こんな時間にこんなところで、奇遇ですの」



 杖を持っていなかったせいか、その言葉は彼女の口から発せられていたが、その人はユユだった。

 その顔は普段よりも血色が良く、僅かに赤みが差している。



「こんな時間に海に入ってたのか? 昼間は入らなかったのに」

「こんな時間だからこそですの。それに、今宵は満月。私が一番好きな穏やかな太陽が煌いてますの」



 穏やかな太陽と呼んだ月を彼女は愛しそうに見つめた。

 サーザイトもしばらくそれに習って月を眺めていたが、ふと気になったことを尋ねてみる。



「そういえば、そんなに喋ってもいいのか? 確か、お前の言葉には力が宿るんだろう?」

「月夜の晩は調子がいいから、その辺りの制御もばっちりですの」



 なんだかよくわからないが、そういうことらしい。

 なるほど調子がいいというのも頷ける、彼女は普段髑髏が話している以上に饒舌だった。



「調子がいいとはいえ、この時間に海に入るのは感心しないな。そんな濡れたローブを着ていたら風邪を引くぞ」



 サーザイトは自分が着ていたコートを脱いで、ユユに差し出して言った。



「濡れたのは脱いで、とりあえずこれでも着るといい。少しは夜風を凌げるはずだ」

「ありがとうございますの。ええと……今着てしまっていいんですの?」



 と、上目遣いにユユはそんなことを聞いてきた。

 なぜ彼女がそんなことを聞くのかわからない。

 サーザイトは少し不思議に思いながらも頷いて、



「いいに決まっているだろう? そのために渡したんだ」

「そうですの。それでは、お言葉に甘えますの」



 にっこりと笑ったと思うと、ユユはもそもそとローブを脱ぎにかかった。

 初めて会った時から不思議な印象で、ククルーとはまた別の意味で感情の読めない彼女である。

 その彼女が珍しく言いよどんだので、サーザイトが不思議に思うのも無理はなかった。

 が、その理由はほんの数秒後に明らかになる。

 ユユのローブは、頭から被るもので、それが濡れて身体に貼り付くからか脱ぐのに時間がかかった。

 ようやくユユはローブから頭を引き抜いた。

 直後、サーザイトは思わず差し出していたコートを取り落とす。



「ユユ、お、お、お……お前……」



 ぱくぱくと口を開閉させる。

 頭に血が上りかけ――サーザイトは物凄い勢いで顔を背け、叫んだ。



「ど、どうして下に何も着てないんだ!」



 そうなのである。

 ユユは、その濡れたローブの下に何も身に付けておらず、その肢体を一瞬とはいえサーザイトの目に晒したのだった。



「仕方無いですの。私は水着なんて持ってませんもの。それに脱げと言ったのは先生の方ですの」



 いや、まあ、それは確かにそうだがとサーザイトは言い訳めいた呟きを漏らす。

 何となく顔を赤くしているようだった。

 サーザイトのコートを羽織ったユユは、可笑しそうにニヤリと笑う。



「先生? もしかして私の裸で興奮してしまいましたの?」

「……はは、まさか、そんなわけないだろう」



 ギ、ギ、ギ、とぎこちなく視線をユユの方へ戻す。

 ユユは疑わしそうにじーっとサーザイトを見つめていた。

 サーザイトは、己の潔白を証明するためにも、先に視線を外すことは許されない。

 頭の中で三回、強く心に刻むように、



 俺はロリコンじゃない!

 俺はロリコンじゃない!

 俺はロリコンじゃない!



 そのことだけを心の柱とすれば、滅多なことで揺らぐことはないだろう。

 サーザイトは内心で自信たっぷりに笑った。

 しばらくして、ユユがにこりと微笑む。



 ――よし、乗り切った。



 そう思い、僅かに気を緩めたそのとき、ユユはコートの前を少しだけ開いた。

 当然、その中にある病的なまでに白い肌が空気に触れることになる。

 今のサーザイトにとって、それはどんな魔法よりも強力な衝撃だった。

 先ほど心に刻んだはずの言葉は、一瞬にして吹き飛ばされる。

 そんなものは、今目の前に晒されている肌の前には、何の役にも立たなかった。

 と、数秒の間それに見入ってしまったサーザイトははっとなって視線を戻す。

 ユユは心底可笑しそうに悪戯っぽく笑って、



「先生の、変態、ですの」



 ぐさぐさぐさぐさぐさっっっ



 ユユが言ったその言葉は、今まで食らったあらゆる攻撃よりもサーザイトに深いダメージを与えた。

 なるほど、彼女がかつて言った通り、言葉には力が宿っているようだ。

 それも、たった一言で歴戦の戦士であるサーザイトを打ちのめすほどの威力である。



 変態。

 変態。

 変態。



 その一言が頭をよぎるたび、サーザイトは胸をナイフで抉られたかのような痛みに悶えた。

 あまりのショックにしばらく思考回路が正常に働かなくなる。

 そんなサーザイトを見て、ユユはご機嫌のようだった。



「そんなに気にすることないですの。先生が変態でも、私は先生を嫌いになったりしませんの」

「……慰めてくれるのはありがたいが、もう変態って言わないでくれ。傷つく。かなり」

「クス……わかりましたの。でも、先生が最初に嘘をついたのがいけませんの。

正直に私の裸に欲情したって言ってくだされば、私も意地悪をしようなんて思わなかったですの」

「欲情ってほどじゃない……と信じたいんだが。個人的にはな」



 しかし、ユユの言う通り嘘をついたのは良くなかったな、とサーザイトは思う。

 同じ事をククルーにも言われていたことを思い出した。

 良い嘘も悪い嘘も、嘘であることに変わりはないと、ククルーは言った。

 彼女にもう嘘はつかないと約束したのに、自分はまた嘘をついてしまった。

 サーザイトは己の軽薄さに嫌気が差し、今度こそ約束を守ると心に誓う。

 しかし、かと言って、



「いや、それを正直に言うのはどうなんだ……?」



 サーザイトは、性的嗜好は多少ずれているかもしれないが、感性は常識的だった。

 二十以上も年齢の離れている女子が好きだなどと口にするのは、あまり褒められたことではないのではないか。

 そんなサーザイトの心中を読み取ったのか、ユユははっきりと口にする。



「先生。確かに私はまだ幼いかもしれませんの。でも、ここが女性の胸であることに変わりはありませんの」



 ユユは自分の胸にそっと両手を当てた。

 あーとサーザイトはわざとらしく視線をそらしながら、



「確かにそうだが……」

「クス……先生も素直じゃありませんの。もっと自分に正直になればよろしいですの。

それに自分が好きだと思うのなら、はっきりとそれを言葉にすればいいですの。言葉は力ですの」



 と、以前も言ったことをユユは言った。

 少しの間次の言葉を探していたサーザイトだが、彼は突然ユユに背を向けると、



「……身体が冷えると行けないから、もう戻るぞ」



 そう言って無理矢理会話を終わらせた。

 これ以上会話を続けていたら、何か余計なことを言ってしまいそうな気が彼にはしたのだった。

 急に会話を終わらせられて、ユユは唇を尖らせる。

 その顔は、おもちゃを取り上げられた子供のように見えた。

 しかし、すぐにその顔に怪しい笑みが戻る。



「クス……まあ、クーに頑張る余地があるのがわかっただけでも良かったですの」



 そう呟き、ユユはホテルへ向かって歩き始めた。